ウクライナ戦争が始まった時、私はロシアのクリミア併合に関し、アメリカのテキサス併合やハワイ併合のアナロジーを出したし、またアメリカがチリ(ピノチェト政権樹立)、ニカラグア(チャモロ政権樹立)、ヴェトナム(ヴェトナム共和国樹立)など様々な国の内政に干渉し、その政権を転覆もさせてきたことは過去にも何度か触れている(ちなみに日本の満州事変なども類例に挙げた。また、正当化するのとは別に、冷戦時代のアメリカの行動原理がドミノ理論であったように、ロシア(というかプーチンとその周辺)の行動原理がネオ・ユーラシア主義である点も理解しておくべきだとも書いている)。
そこで述べたのは、「アメリカも同様なことをやっているではないかという突っ込みはいくらでもできるが、しかしそれはロシアのウクライナ侵攻を正当化することにはならない」という話である(片方の暴挙によりもう片方も許されるのではなく、どっちも非難・抑止されるべきものであるということ)。
で、当該のウクライナ戦争の停戦交渉が頓挫する中、何が始まるかと思えばイスラエルのイラン先制攻撃で、しかも当国政府の要請を受けたトランプ政権が、攻撃を直接援助するという暴挙であった。
まあ大英帝国のパレスチナ三枚舌外交に限らず、いかに自国の利益を最大化するかが重要な外交の世界でダブスタは起こりがちなことではあるが、それにしてもここまで華麗な二枚舌ぶりは見ていて惚れ惚れするレベルである。そしてこういう現実があるから、プーチンの「主権を持っている国なんて地球上のそう多くはない」という発言が、実際に重みをもってしまうわけだよなあ。仮にイランが核を保有してたらこんなマネはできなかっただろうし。
で、こういう話をすると、いや現実のパワーポリティクスってそんなもんでしょ?とかいう反応をする人も少なくない訳だが、だったらそれって例えば中国の拡張主義を批判する根拠が無くならないか?といったことをどうして思わないのか不思議なことである。「弱肉強食」や「自力救済」って弱者がしばしば一方的に大変な目に遭うしリカバリーが難しいから、その歯止めとしてルールが存在して批判や結合の土台となるはずなのに、苦労知らずなのか頭が弱いのか、そこまで知恵が回らない人が一定数いるようである(「ルールがあっても守らないヤツがいるから意味ないじゃん」というのは稚拙な発想で、そういう存在がいる時に糾弾するためのロジックがないと、力がある連中の現実の振る舞いで押し流されていくしかなくなるし、そうなったら一部の強国以外はただ収奪されるだけだよ、という話)。
なお、先制攻撃問題とダブスタの話だけに終始してもしょうがないので、もう少し補足しておくと次のような点には留意すべきだろう。
・ユダヤ人が歴史上で辛酸を舐めてきたことは事実だが、それは現在の加害者性を正当化することには全くならない(常に是々非々で考える必要あり)
・現トランプ政権の危うさに象徴されるように、急速に不安定さを増すアメリカと流動化する世界秩序の中で、アメリカの同盟国であることやそれとの距離感を改めて考える機会とすべき(もちろん「即日米同盟脱退!」みたいな発想は幼稚過ぎて論外だが)
・現イラン政府を崩壊させないような配慮とその背景を考える必要あり(歴史に遡行する)
・そもそもイラン革命政府はイギリス→アメリカの影響下における怨嗟の集積(cf.CIAによるモサデク政権の転覆)を考慮に入れる必要あり
・現イラン政府が民衆から熱烈に支持されているという訳ではない(cf.『ペルセポリス』・『聖なるイチジクの種』)
・そこからすると現政権を倒した方がよさそうにも見えるが、すると第二のアフガン・イラク化する危険性が十二分にある
・かと言って政権崩壊後に放置すれば、治安などの流動化によりISのようなものが発生し、さらに反(欧)米的政権が成立する危険高い
・よって、(反撃して成果を挙げたことを喧伝させるなど)現政権の面子は保ちつつ、適度に力を削いで警告を与えて存続させるという対応を選択したと予測される
・イランはドローンなどの兵器をロシアに提供していた国の一つであったが、今回の事態がウクライナ戦争の帰趨にどの程度影響を与えるか
・核開発を再開するようなことがあれば再度攻撃をする旨をトランプが述べているが、それも含めホルムズ海峡などの地政学リスクや石油の問題が今後の経済にどのような影響を与えるか
・イランのIAEA脱退により、むしろ事態の流動化リスクが高まっている(そもそも核保有やその実態を含めイスラエルがイランを非難できるような立場なのか?)
とまあザックリこんな感じか。トランプ側は「大量破壊兵器」なるものを根拠に攻め込んだイラク戦争の二の舞にはならないよう上手くやったつもりなんだろうけど、今回もあちこちに地雷をまき散らした感じになっていて、これがアメリカのプレゼンスの後退と世界情勢の流動化の中でいつ・どのように破裂するのか、という印象である(買った恨みは弱った時に返されるのが常なので)。
というわけで、しばらくは情勢を注視していきたい。