ドールズバー・・・そこは紳士淑女が酒を嗜み、気に入ったドールとの逢瀬を愉しむ場である。ドールの外観はある程度変化の限界はあるものの、性格は幅広いチューニングが可能で、あえてランダム設定にして実際生身の人間とencounterしたかのような刺激を楽しむこともできる。
もちろん、在宅でも類似のことはできるが、バリエーションを揃えようとすれば相応の金が必要となる。かつ自分の嗜好に合うものをチョイスしていけば、自ずとマンネリズムを避けられず、いつしか飽きがきてしまうのである。
そこであえて外出し、非日常空間でより広い選択肢の中、「予想外」の展開を楽しもうというわけである。ドールにはいわゆる「人権」は存在しないため訴えられることもないし、もしそのドールに対して所有の欲望が生じれば、そのタイプのみ購入するならそこまで値は張らずに済み、金銭の使い過ぎで身の破滅を招く事態は防ぐことができる(タナトスに殉じるようなチューニングも可能だと巷では言われているが、少なくともそれは非合法とされている)。
そう、端的に言えば「マトリックス」の如く、あえて最初からノイズが入り込む余地を作っておくことにより、人類全体が「倦怠」という名のバグで死滅するのを防ぐ仕様になっている、というわけだ。もちろん、かかる事態ゆえに、かつて「ガールズバー」などと呼ばれたる場所はもちろんのこと、男女問わずナイトワークの需要は激減しているが(とはいえ、「愚鈍なふりをする」などの点でドールはまだ人間の領域に及んでおらず、一定の需要はいまだ存在している)、そもそも汎用型AIの隆盛でほとんどの人が働く必要がなくなっており、そのためBIが支給され死に至ることはない。
こうして世界は今や「巨大な羊水」と化したわけだが、ドールズバーはその象徴的なものであると言えるだろう。